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主にゲームと映画についての雑記。

「夜に駆ける」という檸檬

 何のことはない雑記として記事を書くんですが、最近、YOASOBIの初アルバムが出たことをきっかけに聴き出しました。そういえば公開用アカウントでもプレゼンを作ったりしましたね。

 夜に駆けるを聴いたとき、すごいと思ったし、同時に気持ち悪いくらい周到な仕掛け方をしていると思いました。
 これを断片的にとはいえあのミュージックビデオを織り込んで紅白で歌い上げたわけですから、末恐ろしいアーティストですよ。




 近頃話題なので改めて紹介する必要はないと思うのですが、YOASOBIとは「小説を歌にする」をテーマに活動するアーティストグループです。
 昨年末には紅白歌合戦に出場し、ヒット曲「夜に駆ける」を披露しました。上に貼ってあるのがMVです。


 まあ、通り一遍の説明だとそんなところです。ただまあ、ほんとになんていうか、僕はこれを紅白でぶち上げたパフォーマンスに目眩がします。

 隠されていることでもないので普通に書きますが、この「夜に駆ける」は「タナトスの誘惑」という短編小説をもとに作詞された曲です。一見、ケンカして不仲になったカップルが仲直りするような曲に聞こえなくもない、なんとなくきれいなメロディラインの曲に思えます。しかし原作のタナトスの誘惑はこういう小説です。

 
monogatary.com

 ああもう、上手いなと思いました。この小説の詩情をまったく損じずに、わかるひとにだけわかる絶妙な言葉選びをして曲を形作っている。一聴しただけでは耳触りの良い曲として通り過ぎていき、かなり勘が良くて察しのいい人でもない限りは一発ではその歌詞の真意に気づきづらい。いやらしいほどに上手くオブラートに包んでいるのです。

 これが死への渇望や心中の歌だと誰が気づくのか。いや、ちゃんと聴けばわかりますが、ただ街中で流れている程度ならわからないですよ。

 ミュージックビデオもまた上手いですね。死への羨望をインクという形で表現している。これはタナトスの誘惑のなかでもそうですが、主人公は死に憧れる彼女の表情を「嫌いだ」と言っているので、希死念慮にまみれた彼女の顔が前半ではインクにまみれて見えない。しかし中盤から主人公自身も(ブラック企業に勤めているという伏線もあり)その希死念慮に感染し、彼女と思いが通じ合った末にその表情を「綺麗だ」と表現する。「主人公が嫌いだと言っている顔を見せない」と「死への憧れ」をインクひとつで描写しているのだから恐ろしいほどに合理的です。ずとまよやヨルシカにも言えることですがMVの使い方がとても上手ですね。

 こんな凄まじい曲をうまいこと綺麗に隠しおおせ、あの天下のNHKの紅白でぶち上げたのだから本当にすごい肝っ玉をしているわけですよ。もちろん紅白自体はその年に流行った曲を取り上げるわけですから、どのみち本人たちが望む望まざるに関わらず「夜に駆ける」が歌われたとは思いますが、これほどまでにマイナスイメージで死を取り扱った曲をそれと悟られずに発表していったのです。シビレますよ。こんなに凄絶な意味が込められた曲がたまたまスーッと聞き流している人には「ああ面白い曲だね」で通り過ぎていく。舌を巻きます。



 僕が好きな梶井基次郎という作家の作品に「檸檬」という短編があります。教科書にもよく出てくる作品で、知っている人も多いかもしれません。
 生活苦と漠然とした焦燥に追い詰められながらも、むしゃくしゃした主人公は露天で買った檸檬を「こいつは爆弾だ」と見立てて丸善の本屋で画集を積み重ねて置いていき、なんだか気詰まりする丸善をふっ飛ばしたつもりでほくそ笑む、というあらすじです。


 まさにこの檸檬だな、と思いました。しかもよりによって角川武蔵野ミュージアムの本棚劇場で歌ったわけです。もちろんYOASOBIは小説をテーマにしているから本の劇場を選んだという理由もあるのでしょうが、ふたりは一皮剥けばまるで爆弾の如き「夜に駆ける」という一曲を、本の上にはたしてポンとひとつ仕掛けていったのです。ちょっとしたアートテロリストと言っても良い。
 世間的にはなんとなく若者の間で流行っている曲として、コンポーザーAyaseの得意とするボーカロイド調の一見口当たりの良いキャッチーなメロディーを見せかけ、その実なにを意味するかきちんと周到に用意してある。曲をとりまく構造そのものがもう面白い仕掛け方をしているのですね。世の中からは檸檬に見え、わかるひとにはそれが爆弾に見えるという格好です。


 まあ、まったく個人の勝手な見立てではありますが、そのうち仕掛けられた「夜に駆ける」の意味が爆発して気詰まりな世の中を吹き飛ばしたら爽快だな、と思うところではあります。アルバムの他の曲含め、今後の展開が楽しみです。


【了】