12garage

主にゲームと映画についての雑記。

Creepy nutsをオタクにオススメしたいけどよく知らん鬼ニワカだから紹介をゴボウの皮むきよろしく乏しい知識で浅く薄くやるエントリ



🎉祝!アンサンブル・プレイリリース&R-指定誕生日🎉


 クリーピーナッツを4月からなんとなく聴き始めてから、いつのまにかよふかしのうたの主題歌が「堕天」に決まったりニューアルバムも出たりしていい感じに脂が乗ってきたので、ここいらで身内にプレゼンやったるか!と思いなんとなく記事を書くことに相成りました。

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 いや堕天、「天国から追い出されて堕ちていく」とおもいきや「天に向かって堕ちていく」から堕天なのがめちゃめちゃいいよね。天は見上げるものじゃなくて足元にあるの。よふかしするようなはみ出し者、つまり土曜日のたまり場にいる社会不適合者にとっちゃ底なしの夜空は自分らを吸い込み堕ちていく黒い奈落なんすよ。この倒錯した文脈が最高。
 「よふかしのうた」はコトヤマさんがCreepy nutsの原曲を聴きながら漫画のタイトルにしたのは有名ですが、それに対してこの曲をぶつけてきたのはアツい。


 …と語ってみたけどおれは全曲の全部のことを知ってるわけじゃないし、ヘッズにはもはや当たり前やろと笑われそうな内容のことしか知らないので、薄~~く浅くやっていきます。詳しい人はなんや言うとるなと鼻で笑って見逃してください。


もくじ


変なラッパー、Creepy nuts


 まず、HIP HOPとかラップを思い浮かべたときにどういうイメージが出てくるでしょうか。

©いらすとや

 こういう感じですよね。
 いいんです。それでおおかた合ってます。それが一般的なラッパーです。

 Creepy nutsは正直変なラッパーなんです。シーンに詳しくないおれが色々語るのもアカンと思いますが、ラッパーの総合的なイメージで行くと「世の中に反抗していてアングラでBeefしあってMCバトルとかやっている」が王道(?)なんじゃないかと。ちょっと古いけどたとえばアメリカで2PacとかノトーリアスBIGとかのチーマー文化でやってた人がそうですよね。あるいは変な話、家族に感謝とかダチとの絆とか先輩後輩という体育会系のノリでやっている人たちも多い。だからCreepy nutsはそういう地元の縄張り、シマ(hood)での繋がりとかワルをやることが主流になっている世界で言うと変な奴らで、ただでさえ与太者とか外れ者が集まるHIP HOPという枠組みのなかでも支流とかサブジャンルにいるのが彼らだと言えます。



 このへんはCreepy nuts自身が半分皮肉りつつも色々なMCをマネしてオマージュした「みんなちがって、みんないい。」を聞くとザックリですが伝わってきます。
 彼らを取り巻く現場っていうのがこういう地元社会のしがらみ、ケンカで成り上がったり、あるいはファンキーモン……とか湘南乃……みたいなことやってるところで、そんで当のCreepy nutsはそういうところに馴染めないからこそその現場を俯瞰して他人のありがちな姿を歌ったり自分の内的世界を深掘りして曲にしているわけです。こういうことをやっているので「お前らはHIP HOP文化を勝手に売り物にしてんじゃねえのか」的なディスも付きやすく(それはそれで的を射た意見だと思います)、そういう意味でもやはりメインストリームから一歩外に出た外側にいるユニットと言えます。

 じゃあなぜ変なラッパーがこんなにメジャーになって売れているのか?
 MCバトルとトラックメイクが上手いからです。強豪ひしめく中でKing of Disとしてテッペンを取っているR-指定、DMCワールドDJチャンピオンシップ2019で優勝したDJ松永と、ふたりとも実力で成り上がってタイトルを獲り楽曲を作ってきたから評価されてきたわけですね。変なことをやっているくせに強い。鬼滅の刃で好き勝手に我流でやってたくせに実力派な伊之助とか、チェンソーマンで言うところの酔っ払って頭のネジ外れまくってるのに最強ハンターやってる岸辺みたいな立ち位置にいるのがCreepy nutsなのではないかとおれは思っています。



強引じゃねえ押韻、クセになる自省


 Creepy nutsがそれまでにやってきた商売がもっともわかりやすいのはこの「生業」じゃないかなと思います。Dis曲でありながら楽曲的にも後半の早口のフロウがマジで完成度高くてそれでいて聞きやすい。
 R-指定という人はMCバトルがめっぽう強く、なにしろ異常にHIP HOPを聞き込みまくっているオタクなので相手の曲や過去のMCの発言の引用(サンプリング)でバトル相手の揚げ足をとるのがめちゃくちゃ上手いのですが、それを「あれは口喧嘩だから言われたことに対して言い返しているだけ、詩を書くのは無限に選択肢が広がるなかでいろんな可能性を消していかなきゃいけないから難しい」みたいに言ってる。そんくらいリリックにこだわって難産になる人なんですが、やっぱそれも納得するような言葉選びができている人なんすよね。



 ところがそんだけいい歌詞書いて口喧嘩も強いくせに自分の在り方に悩みだすのがR-指定という人の面白いところで、「自分とHIP HOPとの関係」をこの「阿婆擦れ」で描いている。

 べつにワルじゃなくてもよくて、いろんな在り方が許されるようになってきたHIP HOPのなかで、でもやっぱり「オレはヤンキーじゃなくて、ケンカ強くないし武勇伝もない。そんなナヨナヨしたオタクくんなオレがHIP HOPというギャルを好きでいても振り向いてもらえるだろうか?」というコンプレックスがR-指定のなかにある。それを女性とのお付き合いにたとえてDJ松永がJazzyな音に乗せパッキングしたのがこの曲で、たぶんCreepy nuts中でも1,2を争う名曲だとおれは思いますね。


生まれも育ちも肌の色も貴方のままで良いのよってあの言葉 鵜呑みにしたまんまココまで来ちまった嗚呼…泥沼
- 阿婆擦れ(Creepy nuts)


 HIP HOP自体がいわゆる黒人文化から出発していて、はみ出しものたちを「人種とか関係ないやん!みんなそれぞれ好きなことやって自分なりの旗立てていこうぜ!」って深い度量で受け止めてくれる世界であるにも関わらず、「でも結局ワルいやつらじゃないとダメ~!みたいな風潮あるやん!なんなんだよ!!」という界隈の抱える大きな矛盾にR-指定は気づいてしまっているんですよね。
 「たとえアウトローでも受け入れてくれるブラックカルチャーの世界」がいつのまにか「だせえ!アウトローでなきゃHIP HOPちゃう、Blah!Wackでお茶濁すハンパなお前不快」にすり替わっていることについて歌いつつも、それでも好きになって病みつきで離れられない彼の性分がよく出ている曲です。


 Creepy nutsはR-指定の卓越したリリックだけでなく、そうした自虐や諧謔を込めて歌っているところが本当に面白い。



 「たりないふたり」は特にそういう自虐的なところが落とし込まれている一曲です。オードリー若林と南海キャンディーズ山ちゃんの番組、そしてそのふたりをテーマにしつつ自分たちのショッパい承認欲求、どうしても出てきてしまう人間らしい小物臭さを愉快に歌い上げている。

女の子が怖い てか普通に目見れない ようしゃべらん
どもって情緒不安定 誠に申し訳ない
大きな声で 騒ぐ陽気なタイプとは 仲良くなれそうもない だってあいつ等 空気読み合いウェーイが飛び交い
まともな 脳みそない
-たりないふたり(Creepy nuts)

 だらしなくてルーズで凝り性なR-指定、ひねくれててなんかちょっと一発かましてやらないと気がすまないDJ松永。こういうパリピでもないしアングラなワルになりきれないオタクくんみたいなマインドを持っているのが非常に親近感が湧きます。飲み会嫌いなところなんかは個人的に共感できますね。
 自分のことを歌っているようでいて、世間によくいる人ややりがちな行動をつぶさに観察してコミカルにネタにしている手腕もまたCreepy nutsの見どころです。


いつ聴いてもいいけど今がかなり入りやすいぞ


 正直もうCreepy nutsはかなり売れてて紹介する必要とかないかもしれないんですが、いまこのタイミングでオススメするのは理由があります。
 いま、彼らは円熟期を迎えていると表現しても過言ではないからです。



鬼の首を取ったように「ほら言わんこっちゃない」「こうなると思ってた」「初めからわかってた」
したり顔のヘイター皆 水を得た魚 真っ先に槍玉あげられんの俺かな?
「お前のせいでシーンにガキが増えた」「お前らが間違った広め方をしたせいだ」と
戦犯 つるしあげ 容赦ない罵声 画面越しのウォッチメンが言う 落ち目
-未来予想図(Creepy nuts)


 先にも書いた通り、Creepy nutsは非常に自虐的で心配性で常に「自分たちが間違っているんじゃないか、ブームが過ぎ去ってファンに見放され、売れなくなるんじゃないか」という恐れを抱いている部分が見受けられます。


今の俺を見てお前はどんな顔するか その中指は迷わずにこっちを向いた
確かにSEXも知った 理解者も増えた ある日お前の痛みに俺はメロディーと値札をつけた
だから似たような痛みを求められんのさ コレがお前の欲したキャラクターって奴だ
-15才(Creepy nuts)


 くわえてHIP HOPは他者をDisる文化がある関係上、当然いままでMCバトルでDisを繰り広げてきたR-指定の牙は今の自分にも向けられるわけです。自分はこういうやつだ!と主張することで、ファンからもアナタに共感しました!と言われ「そのときの自分の考え」をあとから変えにくくもなる。そうして自分が押しのけてきた、噛みついて成り上がってきた経緯をどう受け止めるべきかを考えてしまい、過去の自分に縛られてどう振る舞うか悩んでいることが歌詞から見え隠れしています。



 そういった経緯を踏まえて、ニューアルバム「アンサンブル・プレイ」にも収録されている「パッと咲いて散って灰に」を聴いてみてほしい。



 自分たちが売れてきてこの先どう立ち振る舞っていくか、周囲をDisってきた自分の行いに対して真正面から答えを出している。
 「売れていっていつか飽きられる日が来たらそのとき散るだけ」「いまのこの立場を競争して勝ち取ったんだから、蹴落としてきた奴らを思ったらここで止まるのは無責任じゃねえか」と結論付けているわけです。



 記事の初めで取り上げた「堕天」も、旧約聖書の楽園追放に範を取りつつ、空に落ちていくテーマもよく噛んで味わってみるとものすごくコクがある。

 HIP HOPという楽園でラップの果実に"共犯"で手を伸ばしたDJ松永とR-指定が、「お前らはなんか違う」と言われて現場のオーディエンス(神)から追い出されてきた今までを踏まえつつ、空に落ちていくという構図がメチャメチャ上手いんすよ。

 なんで空に落ちるのか?重力が逆になっているのか?というのも、考えてみればMCバトルというアンダーグラウンド(地下)から始まった彼らが売れに売れて天上人になっていってることを思うとある意味論理的でさえありますよ。売れることは一般的にはいいことだけど、アングラ文化では「セルアウトしてダサくなった」として"堕ちた奴ら"として見られる。だからこそ"空に堕ちていく"と歌ってる……。


fallin' falling
螺旋状に堕ちてゆく摩天楼に
今 fallin' falling
二人ぼっち気づかない
-堕天(Creepy nuts)


 摩天楼というのも、いまやテレビ局のようなガラス張りのビル群でもてはやされて「イメージ」に縛られて好き勝手できないCreepy nutsの現状を考えると意味深に聞こえるワード。それでいて「傷が埋まってく」と前向きに自分のコンプレックスが癒えてきたこともリリックに込めている…。
 曲調についてはコトヤマさんと相談しながら作ったそうですが、最終的に一等に売れに売れて自分たちが身動き取れなくなってきていること、きっとブームがいつか冷めてしまうこと、それでもヒットしている今のうちに空へと駆け上がるのはやめられない!ということを引っ掛けて、昔っから自分たちの曲を聞いてくれていたファンである作者のコトヤマさんへ「これをよふかしのうたのオープニング曲に」とニヤッと笑いながら手渡したセンスがもうたまらねえですよ。まさに今現在のCreepy nutsを歌い上げた曲なんです。ナズナちゃんとコウくんという二人もイメージさせるし、作品のテーマにも合っているのがニクい。


 いままで自分たちの視点から曲を絞り出す傾向にあったR-指定が女性の目線で終わりかけの恋を歌っているフロント9番も考えてみればすごい変化だし、これを歌えるような作風の広がりをCreepy nutsが手に入れたのだなと感じさせますね。

マジな顔で言うなや「また会える?」とか
ソレって「また跨がれる?」て意味やん
夜盛って朝帰るだけやのに
-フロント9番(Creepy nuts)


 主題としている男性と女性とのランデブーは「阿婆擦れ」をイメージさせますし、跨がるというワードも「よふかしのうた」で出てきましたよね。
 おそらくはこのフロント9番もHIP HOPを女性に見立てていて、「昔は必死になって追いかけていたオンナのことを、今でもまだ好きだけど気持ちに余裕が出来てきて寄りかかってはいない」……そんな関係になったのかな、と思わずにはいられないナンバーだと感じますね。


ずっとたりないふたりでいてほしい


 そんなわけで好き勝手に語り尽くした結果、だいたい8000字にもなってしまい若干ドン引きされてそうな気がしますが、ぜひともCreepy nutsを聴いてみてほしいです。聞けよ俺のべシャリ、話長い?ゴメン
 これからさらにタイアップ曲なんかも増えていくと思いますし、今のうちにというのもアレですが、聞いておくとこれからがより楽しみになるユニットなのは間違いないッスね。

 R-指定の気にしいなところ、松永の人を食ったようなお調子者なところがたまらなくかみ合って絶妙なバランスを醸し出しているのが好きなので、どれだけデカくなっていっても「たりないふたり」なところを見せていってほしいです。


 ……っていうと、「俺はもうそこにゃ居ない!」って言われますね。新たな「味」に期待しています。